日置今池街道沿いに鎮座している。
てっきりこの街道は昔からそう呼ばれている歴史的な道なのかと思っていたら、
枚方市が平成2年に公募で付けた名称らしい。
少し西へ行けば広い真っ直ぐな道路があり車通りも多いが、神社の前のこの街道は昔ながらの路という感じで、
さほど車通りも多くはなく、さほど広くもなくクネクネとした道が林の中や住宅の間を抜けて行っている。
おそらく中には山車が保管されているのであろう。
8つの大きな小屋が囲んでいるので、なかなか迫力であった。
祭礼の際の、8基の山車が並んでいる姿はさぞかし迫力があるのだろう。
本殿の両脇には赤い鳥居の稲荷社と社の前に鏡が置いてある三社神社があった。
拝殿前には奉納されたまだ新しさが残る撫で牛があった。
境内端には鏡が池の跡碑も立っていた。
拝殿前には特徴のある顔立ちの狛犬が1対。
鼻先が大きく前で出ており、立体的である。
社名と撫で牛からも、すっかり菅原道真公を祀る天神社かと思っていたのだが、祭神は別にもう1柱。
天之御中主神も祀られているらしい。
この神は古事記では天地開闢の際に高天原に最初に出現した神であるとだけ記述があり、その功績などは書かれていない。
神々の根源とも言える神でありながら、古社でこの神を祀る神社は少ない。
八百万の神々を祀る神社を全て順々に参ろうと試みた私もこの神を含め造化三神を配祀する秩父の三峯神社から参拝を開始した経緯がある。
社名にもなっている天神社と言うと、『天神さん』こと菅原道真公を祀る神社が一番に思い浮かぶが、それ以外に天津神の事を天の神(天神)を祀る神社も天神社と言う。
境内の説明版によると、社名の日置というのは惟喬親王(844〜897)が交野ヶ原で鷹狩りをしたときに愛鷹が見えなくなったので、日没を惜しんで「日を止め置かせ給へ」と天神に祈ったという伝承に由来するらしい。
ここでの天神とは天の神ということであり、天津神の代表として天之御中主神を祀ることになったのであろう。
おそらく後の時代に菅原道真公も併せて祀ることになったのだろうが経緯は不明。
なにはともあれ、今ではこの天神社には2つの天神が祀られている事になる。
社務所はあるが無人。
駐車スペースは鳥居の脇に1台くらいなら置けるかも。
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